渋谷さんと山崎さんと鹿野さん(エレカシをインタビューする人々)

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昔は音楽雑誌を毎月買って隅々まで読んでいるような時期もあったけれど、
今はエレカシの記事目当てで買うぐらいになりました。
中でも、「bridge」と「ROCKIN’ ON JAPAN」、あとは「MUSICA」、この3誌は楽しみで、
やっぱり、渋谷さん、山崎さん、鹿野さんというエレカシと旧知の方が記事を担当されている、ということが大きいのかもしれません。



渋谷さん。渋谷陽一さん。ロッキング・オン社の社長さんです。
デビュー当時からエレカシを評価してエレカシを見守ってきた人。「Cherry Boys」のお一人。
『風に吹かれて-エレファントカシマシの軌跡-』の最初の記事は渋谷さんによるものでした。
長い付き合いで、↓のラジオでは、父親みたいな気分だとおっしゃっていました。
http://www.allnightnippon.com/realbeat/index.cgi?line=69&go=back
(コメント欄で以前教えていただきました。ありがとうございます)
渋谷さんは、宮本さんの話が飛躍して、迷走しはじめると、ずばっと突っ込み、
ときには渋谷さんの解釈で代弁したりする。それから、例えば表現の変化について仮説を立てて、宮本さんにぶつけたりする。渋谷さんは、なんとなく「仮説を立てる」イメージがあるんです、私の中で。宮本さんはそれに対してすごく納得していたり、そうでもなかったりするんだけれど、でも、そういうのも含めて、読んでて面白いです。
『DEAD OR ALIVE』のときのインタビューで、

――一番いじりやすいみたいね、イシくんをね。一番仲いいもんね。
「そうですね、一番話しやすいですね」
――そういうとこに変ないじめっこ体質が出るからな。どうしてもああやって、シャツ破いたりしたくなるんだよね。
「ああ、でもよくないみたいですねえ」
――(笑)本人たちレベルでは、全然OKなんだけどね。
「そうなんです。でも観た人は……」
――でもあれは我慢しちゃうと、またよくないしね。

(bridge 2003 vol.37)

最後の渋谷さんの一言が……本当にお父さんみたいです。

続いて山崎さんは、現「rockin’ on」「ROCKIN’ ON JAPAN」編集長。山崎さんもデビューの頃からエレカシを応援し続けてきた人。渋谷さんとともに「Cherry Boys」。かつて山崎さんの家に「宮本の間」と呼ばれる部屋があり、それから「不定期お茶会」を宮本さんと開いているくらい、プライベートでも親交の深い山崎さんで。
そのせいなのか、山崎さんのインタビューは、二人の近しい濃密な瞬間が時々垣間見える感じがして面白い。独特なセンスの宮本さんの言い回しにも、山崎さんは普通に理解して話を展開させてたりして、はぁ、こういう感じで二人はいつも話してるのかー、などと思ってしまいます。
1998年5月号の「ROCKIN’ ON JAPAN」のインタビューでは、酔った話の中で先生が「都知事になりたい」と言った言わないの話になり(先生は酔っていたからうろ覚えのようで)、そこあと山崎さんが放った言葉が
「『百万売って都知事になります!』って言われたら、俺が宣伝マンだったら命かけるよ」
いいなあ、山崎さん。

鹿野さんは今は「MUSICA」ですが、かつてロッキング・オンにいた方で、
2000年から数年、エレカシのインタビューを担当されていました。
鹿野さんの記事は熱いです。そこ突っ込む?みたいなことも、ストレートに切り込んでて、鹿野さんのインタビューで初めて知ったことも多かった。
エレカシがゲストに出た鹿野さんの番組の中で、
ジミー・ペイジに会ってきたからと、エレカシにサイン入りのCDを渡した鹿野さん。
その後、別の話題に変わっても、「鹿野さんはやさしい」「鹿野さんの気持ちが嬉しい」と
鹿野さんのはからいにひたすら感極まっていた宮本さんでした。
なんとなく二人の間柄を表しているような気がして、好きなエピソードです。

渋谷さん、山崎さん、鹿野さん。
ときに突っ込み、笑い合い、ブレイクした時もシリアスな時代も真摯に向き合い、
いつもあたたかくエレカシを見守ってきた方々。
未来の、お三方それぞれのインタビューはどんな感じになるんだろうなーと、ちょっと早すぎるんですけどやっぱり楽しみです。

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