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でもね、鹿野さん

ベスト盤「THE BEST 2007-2012 俺たちの明日」初回限定盤Bのおまけ映像の第2弾が今日アップされました。

初回限定盤 B 収録 メンバーロングインタビュー ダイジェストVol.2

エレカシ渇望期のちょい出し映像。ありがとうございます。

しかし、ジョージさんが、衣装は伊賀さんとか、「絆」の映像で歯磨きシーンを初めて見ましたとか、いろいろ詳しいのはさすがです。ジョージさんとエレカシの面々の組み合わせは安心して見れるし、なんとなく癒されますね。

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今月号のMUSICA、絶対ソロやる発言に驚いたあまり、ほかの部分がぶっ飛んでしまったような気がしたので、あらためて読み直してみました。

意外とMCが上手くいってよかった(笑)

先日の10月14日の野音でのMCのことですね。
ここ数年のライブでMCがほとんどないのは、MCにすごいエネルギーを消耗してしまうから、その分も歌に使いたいから、
というようなことを宮本さんが言っていた気がします。
あんなにしゃべっちゃって、どれだけエネルギーを消耗したんでしょうか。
でも、ほんとに、あの日の野音のMCは、話芸がさえわたっていて、泣く準備をしていた私も泣くどころではなかったぐらいで……先生も安堵されているようでよかったです(笑)。

みんなは休めって言ってたからね。でも、俺がどうしてもやりたくて。やっぱり野音だしね。……でも、みんな凄く楽しかったと思うな。だって、俺、本当に凄い楽しかったもん。そういうのって伝わるじゃないですか、お互いに

やっぱり、野音は周りにかなり反対されたんでしょうね。
それは、10月10日の宮本さんのメッセージ「歌わせてくれ」ですごく感じた。
でも、いろいろあったんでしょうけど、宮本さんの想いが通じて、野音の実現がかなったんだなあと思うと、いまさらながらほんとに感慨深い。終演後の楽屋の「はぁ~よかった~」と安堵されていた事務所の社長さんの言葉も胸に迫るものがあります。

今回のインタビューも、鹿野さんは鋭く切り込んでいました。
今回の耳の病気は、24年間耳と喉を駆使してきたからと考えるのか、他に何かストレスがあった結果と考えるのか――という鹿野さんの問いに、宮本さんは「凄くシリアスな質問ですね」と言いながらもひとつひとつ心情を吐露していました。

ただ、そうやって頑張り続けるのは今はちょっと厳しい。だから一番思ったのは、自分にできないことはできないっていう、その判断をできる大人になりたいなと思いました

誤解してほしくないけど、自分が嫌なことをやってるわけじゃない、とも言い添えて、宮本さんは言っていた。
この言葉……一番、今回のインタビューで心に残りました。ソロ発言は別として。
今まで、≪体の全て使い尽くして死にたい≫(“地元の朝”)じゃないけれど、そういう、宮本さんのどこまでも突き詰めるところ、ストイックさに感動し、
ライブでそれを体現する姿に打ちのめされてきた私ですが、
「その判断をできる大人になりたい」という一見正反対のようなこの言葉、なんとなく、じわじわと心に迫るものがありました。うまく言えないけど……快復に向かって、日々の生活の中でひとつずつ発見しているんだろうなと思いました。

刺激を与えず、ゆっくり過ごせば治ると言われてるんですよね、という鹿野さんに

いやぁ、どうだかわかんないです。でも、自分の手に曲を戻せる気はします

このインタビュー、野音のあと、病院へ言ったら検査結果があんまり良くなくて、
だから心情的にはいろいろ揺らいで大変だったんだろうな、と読み返して思ってしまったけど、
この「自分の手に曲を戻せる」というのが印象的でした。
「戻せる」というのが具体的にどういうことか完全には理解し切れないけど、たっぷり時間ができて、することはやっぱり曲に向かうことなんだなあ。

今回だけはゆっくり休んでほしい、そう強く願います、という鹿野さんの言葉のあと、長い沈黙があって、「ソロを絶対やる」という宮本さんの言葉が引き出された。
ちょっと、ここ飛躍があるんです。ゆっくり休んでほしい、のあとに、普通、ソロの話はしないと思う。まあ、宮本さんの話に飛躍はめずらしくないけど(笑)、
ゆっくり休んで、の部分より「強く願います」に宮本さんは反応している気がする。
その長い沈黙の中で、自分がわらをもつかむような思いで見出した方法論を、鹿野さんの情にほだされて、思わず打ち明けたんじゃないんだろうか。
もちろんソロ発言は衝撃だったけど、こういった際どい、しかし真剣な話を打ち明けられるのは、相手が鹿野さんだから、というのもあるのかもしれないと思いました。

宮本さんは、会話の中で、ときどき「鹿野さん」と名前を呼びかけます。

「でもね、鹿野さん、僕は歌えて本当に、すっごい嬉しかったんですよ」
「でもね、鹿野さん、こうやって夢中になって話してると忘れてる時があるんだよね。『もう大丈夫なんじゃないか俺』って思っちゃうんです」

2000年か2001年の頃だったか、ロッキンオンジャパンのエレカシのインタビュー担当が、山崎さんから鹿野さんに変わったことがありました。(鹿野さんもかつてロッキンオンに在籍されてました)
確か、山崎さんが他の雑誌の編集長か何かになったからだと思いますが。

当時、エレカシのインタビューと言えば山崎さんだったので、鹿野さんに変わったばかりの頃は、なんとなく慣れなくて、ちょっと違和感があったのを覚えています。
なんなら、ちょっと熱すぎるよねー鹿野さん、というような不満も漏らしていたぐらいの。

いまさらですが、懺悔します。
MUSICAの、鹿野さんのエレカシへのインタビューは、
宮本さんが人懐こく鹿野さんに語りかける「でもね、鹿野さん」の言葉にあらわれているように、深い信頼とあたたかさに満ちたもので、毎回、スリリングな話題も含めて、ほんとに楽しませてもらっています。
今回もいろんな意味で忘れ難いインタビューになりました。

※引用:全てMUSICA 2012年12月号

渋谷さんと山崎さんと鹿野さん(エレカシをインタビューする人々)昔は音楽雑誌を毎月買って隅々まで読んでいるような時期もあったけれど、 今はエレカシの記事目当てで買うぐらいになりました。 中でも、「...

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